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㐂寿司

  • 執筆者の写真: 小松めぐみ
    小松めぐみ
  • 2018年3月28日
  • 読了時間: 3分

更新日:2018年8月23日

東京都中央区日本橋人形町2-7-13   ☎︎03-3666-1682

営業時間11:45〜14:30、17:00~21:30(土曜11:45〜21:00) 

定休日:日曜、祝日 予算¥10,000  

*2015年「週刊新潮」11号掲載



伝統を守る下町の江戸前寿司


 老舗がひしめく人形町の通りでも、その木造瓦葺き屋根の建物はひときわ目を引く。江戸前寿司の名店「き寿司」である。

 創業者は江戸三大鮨店の一つ「華屋与兵衛」出身の油井㐂太郎氏。明治後半に東京・両国橋のたもとで屋台を始めた際に名前から一字を取って「㐂寿司」と称し、2代目が大正12年に人形町で独立。現在は3代目の油井隆一氏(73)が暖簾を守っている。

「芸者の置屋だったところを、2代目である父が改装したんです。私が継いでからは冷蔵のショーケースを入れたりしましたが、基本的には昔のままですね」

 秋田杉の天井に旧式の扇風機を備え付けた店内は、木曽桧のカウンターとお座敷が一間、そしてテーブル席が1卓のこじんまりとした佇まい。

今回は1万円のおまかせコースではなく、伝統的な江戸前寿司をお好みで注文した。まずは、イカの「印籠詰め」だ。

「江戸前寿司の定義は、魚に塩や酢で締めるなどの『仕事』を加えた寿司のこと。印籠詰めはイカの中にシャリを詰めたもので、江戸時代の版画にも描かれています。今は小ぶりなヤリイカを使うことが多いのですが、昔はもっと太いスルメイカを使っていたんですよ。当店では、シャリにガリと干瓢、もみ海苔を混ぜています」

 その旨みを引き立てるのが、タレとして使われている甘い「ツメ」。

「当店のツメには穴子が欠かせません。毎日15〜20本を捌いて頭と中骨を冷凍し、約500匹分が集まったら、水、鰹節、昆布、大根、人参とともに煮詰めていく。24時間体制で2日がかりの大仕事です」

 このツメは「煮蛤」にも使われているというので、握ってもらった。絶妙な柔らかさが、ツメの甘味と相まって、何とも言えない。

「蛤はギリギリ火が通る程度に煮たら、すぐにザルにあげて余熱で火を通しているんですよ」

 次に注文したのは、現在では珍しい「ひよっこ」。これは、ゆで卵を半分に切って黄身を取り出し、芝エビのおぼろと合わせ、白身に詰め直して握ったもの。おぼろを混ぜた黄身には「黄身餡」のような素朴な甘味があり、これを酢飯の塩気が引き立てる。

「今では、おぼろをつくる店も少なくなりましたねぇ」

 という油井氏につられ、「おぼろを使ったものを、もう1カン」と頼むと、「才巻き海老」を握ってくれた。おぼろのミソのコクが海老の身の甘さを深めるが、変わった握り方も魅力の一つ。

「縦に切れ目を入れた海老を開き、シャリとの間におぼろを挟んで握っています。この握り方は、形が相撲取りの化粧回しに似ていることから、『鹿子握り』と呼ばれているんですよ」

 最後は、口の中でとろけるような、自慢の「煮穴子」で締めた。

「この柔らかさを出そうと一流フランス料理店の方も試行錯誤されていますが、代々受け継がれてきた当店の煮穴子は、そう簡単に真似できないでしょうね」

 江戸時代から続く匠の自信が、寿司の一つ一つに漲っていた。


※煮蛤は1〜3月のみ


©MEGUMI KOMATSU

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