てん茂(日本橋)
- 小松めぐみ
- 2018年3月11日
- 読了時間: 3分
東京都中央区日本橋本町4-1-3
☎︎03-3584-3746
営業時間12:00〜14:00、17:00〜20:00
定休日:日曜、祝日
コース予算:6000円、8000円、12,000円
*2014年「週刊新潮」41号掲載
日本橋の老舗で味わう栗の天ぷら
栗は甘いが、硬い皮や渋皮を剥くのは面倒くさい。作家の鈴木三重吉がエッセイに綴ったように、栗は人に剥いてもらって食べるのがうれしいものである。ましてや渋皮を残したまま美味しく揚げられたら、忘れられない。そこで、あの感激をもう一度と、「てん茂」を訪れた。明治18(1885)年に初代岡田茂一郎氏が屋台から興し、明治40年に現在地の近くに店を構えた天ぷらの老舗である。日本橋には関東大震災まで魚河岸があったため、魚介を揚げる天ぷら屋台も多数あったのだ。
室町の交差点の裏手に佇む建物は、昭和22年築の木造建築。引き戸を開けて白木のカウンターに腰かけると、囲炉裏のほうから鈴虫の声が聞こえる。天ぷら油の音との二重奏に引き込まれつつ、ビールで一献。
料理は松茸と栗が付く1万2960円のコースを予約しておいたので、出てくるのを待つばかりだ。
鍋の前に立つ揚げ手は4代目の奥田秀助氏(54)。父であり3代目の奥田宣男氏(86)に「社会を見ろ」と推されてコンピュータ会社に勤めたが、「本当は卒業後すぐに店を継ぎたかった」という職人気質である。
そんな秀助氏が揚げる天ぷらは、海老から始まる。最近の天ぷらの衣は白っぽくてカラッとしているが、ここのは濃いきつね色で、ふわりとした食感の中に卵の風味もある。「最近は『色が濃いと(お客様に)もたれそうだと思われる』といって太白ごま油を使う店が多いですが、太白は酸化しやすい。ですからうちは昔のまま、白ごまを炒ってから搾った油を使っています。高温でも酸化せず油のキレがいいのです」。
宣男氏が評価する岩井屋(横浜)のごま油の「キレのよさ」は、全13品の天ぷらが出された後でも懐紙がベタベタにならないことや、胃もたれしないことからもよくわかる。
ネタはナス、銀杏、松茸、スミイカといった旬の野菜や魚介の合間に、意外な食材がはさまれるのが特徴だ。たとえば柿の皮。口に入れても全くわからず、後から説明を受けてようやく気付いた。皮はじっくり揚げると甘味が出るのだ。この柿の皮や、「栗の渋皮揚げ」を始めたのは宣男氏である。きっかけを尋ねると、「2代目はゆで栗を揚げていたんですが、ゆで栗は揚げても同じ味。だったら渋皮をつけて揚げてみようと思ったんです」と教えてくれた。
数年前に味わったときの渋皮のバリバリした香ばしさは鮮烈だったが、今回は控えめで、栗のほっこりした甘さが勝っていた。渋皮の厚さは栗の個体によって差があるため、来年はどうなるかが楽しみでもある。
「秋ならあの味が楽しめる、と楽しみにして来て下さるお客様がいる。だからもちろん来年も続けます」と語る秀助氏と、その傍らで伝統を伝える宣男氏。粋な蝶ネクタイで油に対峙する親子の江戸前の天ぷらを、来年も鈴虫の鳴く季節に味わいに来たい。
©MEGUMI KOMATSU
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