割烹 喜作(麻布十番)
- 小松めぐみ
- 2018年4月19日
- 読了時間: 3分
更新日:2018年8月23日
東京都港区麻布十番3-3-9 COMS AZABUJYUBAN5F ☎︎03-5419-7332
営業時間 11:30〜14:00、17:00〜24:00 定休日:日曜、祝日
コース¥11,880〜 http://www.kappou-kisaku.com
*2015年「週刊新潮」37号掲載

誰かの鍋が開く度に
店中が香る「松茸ご飯」
ある年、ある有名店で、松茸のフライに落胆したことがある。松茸の肝は香りなのに、油の香りしかしなかったのだ。その時は松茸が不作で値段が高騰していたため、店主が採算優先で松茸のランクを妥協したのだろうと思ったが、ならばフライにしないでほしい。フライは松茸の質が如実に出る料理だ。
そこで、かつての二の舞を踏むまいと、麻布十番の路地に佇む「割烹喜作」を訪れた。ここは通常、松茸をフライにして出さないし、他の季節の料理も良いからである。定番の松茸料理は、「松茸と鱧の小鍋仕立て」と「松茸ご飯」。毎年初秋から10月末までは、1万8000円のコースに、必ずこの2品が登場する。
ビルの5階でエレベーターを降りると、そこは珪藻土の壁に囲まれた数寄屋造りの和空間。靴を脱いで板張りの廊下を進む途中、
「こちらは個室で、床の間には祖父の書いた掛け軸が掛けてあります」
と、店主の森義明氏(41)が向かって右側の部屋を案内してくれた。目を向けると、掛け軸に椎茸が描かれている。
「実は私の祖父・喜作は、世界で初めて椎茸と舞茸の人工栽培を成功させた人物なのです。だからキノコに思い入れがあるというわけではないのですが、松茸は大好きな食材。それで、定番の土瓶蒸しではなく、相性のよい鱧と合わせて小鍋仕立てにし、松茸をふんだんに使っています。長野、岩手、山梨のものをその都度、使い分けており、本日は山梨産です」
廊下の先に現れた一枚板の檜のカウンターに腰掛けると、森氏が向こう側で 大きな松茸を切り始めた。その様子をついじっと眺めていたら、1本の松茸の軸が半分に割れた瞬間、森氏の顔色が変わった。
何と虫に食われていたらしく、白い断面に黒い点々が見える。
「水に漬ければ虫は出ていきますが、こういう松茸は香りがなくなっているので、捨てるしかない。切ってみないと分からないので、仕方がありませんが、1本5000円以上の損失です」
そうして選り分けた松茸で作る「小鍋仕立て」は、表面が松茸の細切りで埋め尽くされている。松茸の香りと鱧の旨味が染みた一番出汁は、まさに秋の味だ。
森氏いわく今年も松茸は不作だが、それでも質のよい松茸を味わえるのは、仕入れに妥協しないため。
「松茸は、昨日は1㌔4万円でも明日は1㌔7万円になるぐらい、価格の変動が激しい食材。今日の松茸は1㌔7万円なんですよ」
価格変動に動じず、質を優先する次第が、客の信頼を集めるわけである。
続いて、お造り、秋刀魚の塩焼き、鯖寿司、筋子の茶碗蒸し、天ぷらを経て、最後が炊きたての「松茸ご飯」。土鍋の蓋が開くと、カウンター中に松茸の香りが広がる。「香り松茸、味しめじ」と言うが、この香りこそ松茸の醍醐味だ。
カウンター席のどこかで土鍋の蓋が開く度、良い香りが広がり、客席の全員が相好を崩す。今年の長月は、幸せな光景を味わえた。
©MEGUMI KOMATSU
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