蜀郷香(四谷三丁目)
- 小松めぐみ
- 2018年5月25日
- 読了時間: 3分
更新日:2018年8月23日
東京都新宿区舟町5-25 TSI FUNAMACHI 2F ☎03-3356-0818
営業時間 12:00〜13:30LO(水、木、土、日)、18:00〜21:30LO
定休日:月曜 予算:ランチ¥1,080〜、ディナー¥6,000〜(21:00以降アラカルト可)
*2016年「週刊新潮」37号掲載

四川料理といえば、唐辛子や中国山椒などの香辛料を利かせた、痺れるような辛さ(麻辣味)の中華料理として知られるが、
「確かにそれも特徴のひとつ。私もそこに惹かれましたから。でも、四川料理は辛いばかりではありません」
と言うのは「蜀郷香(シュウシャンシャン)」のオーナーシェフ菊島弘従氏(37)。四川料理の名店「趙楊」で10年の修業を積んだ後に開いた店だ。ちなみに三国志時代の劉備玄徳が蜀の国を立てたのが現在の四川省。店名にも味にも古き良き時代へのこだわりをみせる。
「伝統的な四川料理の味のベースは、塩と豆板醤。四川産の岩塩には日本の塩とは違う深みがあるのです。この岩塩とソラマメと唐辛子を発酵させた調味料が豆板醤です」
たとえば全7品6000円のコースの前菜に続いて登場する「牛肉の四川煮込み」は、四川料理の代表的な激辛料理として知られるが、菊島氏が作るのは刺激的であっても激辛ではない。塩気のきいたソースには豆板醤の深い旨味があり、牛肉の下に敷かれた白菜の甘味が引き立つ。そして食べ進むうちに、ほどよい山椒の痺れ味がきいてくる。
「もっと辛くすることもできますが、コースの最初の方で出す時は舌が麻痺しない程度の辛さに仕上げます。白菜は芯のシャキッとした食感を楽しんでいただけるように、一瞬だけ火を入れます」
厨房からテーブルに運ぶ間に肉やソースの余熱で火が入ることが計算されている証左である。3品目の「エビのチリソース」は、おなじみの甘酸っぱいケチャップ味ではなく、豆板醤を生かした正統派。皿に添えられた千切りの生野菜に、残ったチリソースを絡めれば、旨味と酸味の絶妙なバランスにハッとする。
「ソースにはコクを出すために、海老味噌と、海老の香りを移した油を加え、黒酢で味をしめています。野菜はキャベツと人参とキュウリです。もっとおしゃれな野菜でも試したんですが、この組み合わせが一番」
4品目の「茄子の煮込み」は、湯呑み状の器に盛られた茄子と挽肉と搾菜のとろりとした煮込みを、えびせんべいにのせて食す趣向。家庭料理のようなやさしい味わいだが、搾菜の塩気がほどよく利き、四川料理の味のベースが塩であることを思い出させる。次に登場した名物の「汁なしタンタン麺」も然りだ。
しかし、「麻婆豆腐」は山椒と唐辛子の麻辣味がすさまじい。豆腐の熱さも相まって痛いような刺激を感じるが、白飯で口を落ち着かせれば、味の主役は辛味よりも豆板醤の塩味であることに気付く。再び白飯を噛みしめれば、米が甘い。
「どこにでもある普通の食材を美味しくできることも四川料理の魅力です」
リクエストすれば、飛び上がるほど辛く作ってもらうこともできるが、四川省特産の塩と豆板醤で食材持ち味を引きたて、唐辛子と花椒を香らせる。これぞ、蜀の郷の香りである。
©MEGUMI KOMATSU
Comments