銀座 矢部(銀座)
- 小松めぐみ
- 2018年4月17日
- 読了時間: 3分
更新日:2018年8月25日
東京都中央区銀座8-8-8 銀座888ビルB1F ☎︎03-3573-4888
営業時間 11:30~14:00、17:30〜22:30 定休日:日曜、祝日
予算:昼¥4,200〜、夜¥16,200〜 http://www.ginzayabe.com
*2015年「週刊新潮」34号掲載

骨を抜き、ワタを詰め直して焼く
「銀座の秋刀魚」
ある殿様が、目黒で食べた秋刀魚の塩焼きの虜になった。後日、屋敷でも所望すると、料理人が肝心の脂を抜いてしまい、美味しくない。それを知らない殿様は、産地のせいだと勘違いして、こう言う。「秋刀魚は目黒に限る」――。
秋の落語「目黒の秋刀魚」が伝えるのは、秋刀魚はそのまま塩焼きにするのが一番だということ。だが、然るべき料理人がひと手間かかれば、一層ウマい塩焼きになるのである。
東京・銀座8丁目の「銀座矢部」の店主・矢部久雄氏(56歳)は、10年越しの研究の末、秋刀魚の小骨を取り除く独自の手法を編み出した。その塩焼きは、毎年8月のお盆明けから9月末まで、「おまかせコース」(1万6200円)に登場する名物料理となっている。
矢部氏が秋刀魚を捌きながら、解説してくれた。
「秋刀魚は1年で一生を終える魚です。千島列島付近の水温の低いところで餌を食べて脂肪を付け、晩夏から産卵の為に南下します。海水温が低く、餌のプランクトンが多い根室沖の秋刀魚は、安定して脂ののりが良いので、うちでは根室産を使っています」
その根室産の秋刀魚の背に包丁を入れて身を開き、中骨を外すと、スプーンでワタと縁側の脂をすくい取り、身の脇に重ねて置く。静々とした手さばきだ。
「秋刀魚の美味しさはワタにありますが、それはすなわち脂の美味しさ。美味しい秋刀魚のワタは、このように脂で白いんですよ。ただ、ワタは些細なことで液状化してしまうので、小骨を外す間は一旦、脇へ置いておくのです」
次に矢部氏は、包丁の切っ先を腹の身と小骨の間に滑り込ませて持ち上げ、見事に小骨を外した。
「秋刀魚の小骨は骨抜きで抜くと身が崩れるので、試行錯誤して辿り着いたのが、この方法です。意外に難しいんですよ」
1本残らず骨が除かれた秋刀魚の上に先程のワタと脂を再び置いたら、身を閉じて串を打ち、炭が赤々と燃える焼き台へ。
そうこうするうちに、カウンターには次々に料理が運ばれた。たとえば「秋刀魚の棒寿司」は、塩で締めて酢で洗った秋刀魚の脂がとろけるようで、頬が落ちる。
これを含め、お椀やお造りなど6品を味わうと、こんがり焼き上がった秋刀魚が1本、3等分に切って供された。細長い身の全体に、均等にワタと脂が並べられているため、骨から身をとって食べるのと違い、どの部分にもワタの風味と脂が染み渡る。
「骨がついたまま焼いても美味しいですが、この方が食べ易いしょう?」
その言葉に、頷くことしきり。
続いて登場した秋刀魚の土鍋ごはんは、米の1粒1粒に秋刀魚の旨味が染み渡り、米に姿を変えた秋刀魚を食べているようだ。
秋刀魚をふんだんに使った全9品のコースを味わい尽くした頃には、殿様気分でこう思う。秋刀魚は銀座に限る――。
©MEGUMI KOMATSU
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