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銀座 鮨 わたなべ(銀座)

  • 執筆者の写真: 小松めぐみ
    小松めぐみ
  • 2018年3月8日
  • 読了時間: 3分

更新日:2018年8月25日

東京都中央区銀座5-6-14銀座ビルディング3F

☎︎03-3572-3330 営業時間17:00~23:00

定休日:日曜、祝日

予算:おまかせ¥13,000~ 

*2014年「週刊新潮」36号掲載



 志賀直哉の小説「小僧の神様」に登場する小僧は、奉公先の秤屋で番頭たちの会話を聞き、いつかは鮨屋に行ける身分になりたいと思っていた。ひるがえって、現代の企業の奉公人はいつか銀座の鮨屋へ行ける身分になりたいと願う。 

 銀座には現在300軒以上の鮨屋があるといわれるが、高級店の相場はお酒も含めてひとりおよそ2万円。そんななか、2012年に10月にオープンした「銀座鮨わたなべ」は、つまみ5皿、握り10カンのおまかせで1万3000円。飲んでも1万円台後半で済むという、破格の店だ。

「自分も行きたいと思う価格の店をやりたかった」という主人の渡部佳文さんは、

東京・柳橋の「美家古鮨本店」四代目、故・加藤博彰氏に師事した最後の弟子。

「美家古鮨本店」は鮨通に評判の「新橋鶴八」「神田鶴八」の師匠筋、老舗中の老舗である。

 場所は銀座4丁目の交差点から徒歩2分、西五番街に面した雑居ビルの3階。エレベーター脇の入口から続く露地のようなアプローチを抜けて引き戸を開けると、清潔感あふれる桧のカウンターが現れる。細部に伝統建築の粋が凝らされた店内には銀座の鮨屋の格が漂い、期待が高まる。カウンターの奥に鎮座する木製冷蔵庫の中から、一体何が出てくるのか?

 つまみの一品目はいくらおろしで、二品目はカツオのヅケ、五島の〆サバ、コチとマコガレイと、初秋のネタの盛り合わせ。それぞれに的確な下処理が施された刺身は、香りも味わいも鮮やかだった。

 お酒はカツオや光物にはビールがよいが、白身には日本酒を合わせようと、島根の純米酒「王禄」を注文。

 キレのよい日本酒の旨味が、ハモのヅケの山かけとよく合った。ハモは、身に少し残った骨の噛みごたえがいい。やわらかな佐島のタコの桜煮と煮イカには、昔ながらの江戸前の矜持が光った。松茸のホイル焼きの清々しい香気で口中をリセットしたら、いよいよ握りへ。

 新子やコハダは、ほどよく魚の脂を生かした〆加減が見事。ふっくら煮た品川沖の穴子は、コクのあるツメとともに溶けるよう。シャリは赤酢と塩のみで甘さを引き出したもの。そのシャリは、渡部さんの腕にかかると、ウニをのせて握っても空気をはらんで凛としている。ウニはもちろんつぶれず、口中でとろけるようにやわらかい。握りの技に感心した。 

 改めて全体を振り返ると、トロこそ出なかったが、鹿児島のスミイカ、銚子のトリ貝、赤貝など、食べごろの魚が吟味されており、高級食材に頼らない工夫が好ましい。1万3000円という価格に焦点を合わせたと解釈するに足る、考え抜かれた構成だった。 

 青魚と白身のつみれのお椀や、ほどよい甘さのガリなど、何気ないものにも手抜きがない。そして渡部さんの対応がソフトなためか、堅苦しさがなく、気取らずに楽しく過ごせるのもいい。

 銀座の鮨屋に行ける身分になった喜びを、小僧のような純真さで満喫したい。




©MEGUMI KOMATSU

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