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鮨処はしり(恵比寿)

  • 執筆者の写真: 小松めぐみ
    小松めぐみ
  • 2018年4月9日
  • 読了時間: 3分

更新日:2018年8月23日

東京都渋谷区恵比寿南3-5-7 デジタルゲートビル2F   ☎︎03-5724-3770  

営業時間 17:30~24:00   コース予算:¥10,800〜   定休日:日曜、祝日 http://hashiri.jp/

*2015年「週刊新潮」27号掲載



7月が最盛期の「新子」の握り


 和食の世界では、食材が最も出回る時期を「旬」、その前後を「はしり」、「名残り」と言う。

 ちょうど7月が旬のコハダの稚魚「新子」をいち早く握り始めたのが、他でもない東京・代官山の「寿司処はしり」であった。

「今年は6月11日から、静岡県舞阪産の新子を握り始めました」

 と言うのは、大将の銘刈徳則氏(56)。かつて六本木にあった寿司の名店「蔵六」で、30年間握り続けたベテランだ。

「コハダは成長段階に応じて新子、コハダ、ナカズミ、コノシロと、4回名前を変えて“出世”していきますが、生後4カ月くらいまでの新子が出回るのは、毎年6月から7月の間だけ。貴重なだけに、新子のはしりを心待ちにしているお客様は多いんですよ」

 昔から「女房を質に入れてでも初鰹を食べる」と言われる、江戸っ子らしい嗜好である。が、新子の人気に火がついたのは、1980年代のバブル期のことだったという。

「寿司の流行の変化で、江戸前鮨の仕事や季節感が再評価されるようになったのですが、コハダや新子には寿司屋の仕事が最も表れます。コハダは時季や産地によって脂のノリ方を勘案しながら、塩と酢の塩梅を調節して締める。コハダよりも小さい新子となると、より職人の技が試される。こういった江戸前寿司の流行と、初物を好む江戸っ子気質が相まって、新子が注目されるようになったのでしょう」

 1万800円からの「おまかせコース」は通常、つまみから始まるが、新子が待ちきれずにリクエストすると、小さな身を3枚付けて握ってくれた。

 口に入れると酢とわさびの香りが広がり、続いて新子の風味と旨味が、シャリと共にほどける。

「6月の新子は小さいので4枚付けで握りますが、一番美味しいのは最盛期の7月の、3枚付けにできる大きさのもの。あまり小さいと、味が弱いんです。試しに、この佐賀産のコハダと比べてみて下さい」

 味わったコハダは、大ききさが新子の3倍ある分、身に脂がのって、口に入れた瞬間から力強い風味が広がる。コハダは脂ののった旨みが魅力だが、新子には特有のはかない食感があり、どちらも甲乙つけがたい。

「新子もコハダも、皮目の生臭さを消して旨さを引き出すために塩と酢で締めていますが、締める時間は新子が4分、コハダは14分と変えています」 

 状態を見極めて締める時間を変えるのは、さすがの職人技である。

 今年も新子の旬を逃さなかったことへの満足感に浸っていると、大将が聞き捨てならないことを言う。

「新子は7月後半まで出しますが、今後は静岡県産のものに続き、江戸前や九州産のものも入ってきます。河口の穏やかな波で育った東京湾の新子は、皮が柔らかく、脂のノリが緻密なんですよ」

 これは「名残り」の時期まで、産地違いの新子を追いかけるしかない。


©MEGUMI KOMATSU

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